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日本文化を見直す     
-Japanese Culture as a Solution-



第1章

東洋と西洋

思考は、しばしば言語に制約されるといいます。
文化が、人間の思考の賜物であるとするならば、
文化もまた、その固有の言語の賜物であるといえます。

第1章では、まず、日本語と英語の根源的な違いから、東洋と西洋の根源的な相違を探っていくことにします。




§2-2 主語のなぞ −「宗教」の意味するもの−

「西洋文化の真髄」


西洋における、契約社会と、個人主義の源流が、宗教すなわち、ユダヤ教、キリスト教の、成り立ちに由来するものであることを、前回、証左しました。主語・動詞の究極の論理構造、ロジックの存在が、また、西洋の論理的思考の根底を支えていることも、おぼろげながら、理解して頂けたものと思います。

しかし、ここで、おぼろげながらと、申し上げたのは、やはり、日本人には、感覚的に、理解しがたい要素があると思えるからなのです。

例えば、なぜ、パレスチナで、あれほどの、流血と争いが、続くのか?
また、アメリカが、なぜ、かつては、旧ソ連、現在では、イラクや、北朝鮮をかくも、敵視し、攻撃するのか?等々です。

これらを、本当に理解するためには、さらに、深く、宗教の意味するものを見ていく必要があるのです。






西洋の支配的な宗教はキリスト教です。

これには、異論は、ないはずです。

さて、このキリスト教ですが、ちなみに、神様は、何人いらっしゃるでしょうか?

もちろん、お一人です。(カソリックでは、三位一体説をとっており、これによれば、父と、子と、聖霊で、一つの神とされており、いずれにせよ、神様は、お一人です。)

また、旧約聖書では、通常エホバの神と、呼ばれています。


ただ、これには、諸説あり、実のところ、正確な聖書の神の呼び名は、わかっていません。というのは、もともと、古代ヘブライ語では、書き言葉では、子音しか表記しないため、読み手が母音を補って読むという習慣があるため、古い語に関しては、正確な読みが伝わっていないのです。しかも、聖書の戒律の中に、「みだりに、神の名を称えてはならない」とあるため、尚のこと、読みが分かっていません。神の名の表記は、4文字(テトラグラマトンと呼ばれている)で、書かれ、英語に直せば、”YHWH”であり、これに、適当な母音をつけて発音されます。
そのため、ヤーウエ・ヤーヴェ・ヤハウエー・また、英語読みとして一般的な、Jehovah(エホバ)など、諸説あります。ここでは、一般的な英語読みからくる、「エホバ」を採用します。

つまり、キリスト教も、ユダヤ教も、一人の神を崇拝する、一神教なのです。

さて、この一神教には、ある一定の特徴があります。
それは、一神教での、神は、唯一絶対神であるということです。
また、造物主という特徴があり、宇宙創生の力を持つと表現されます。
全知全能とも表現されています。

この一神教の神は、「唯一絶対」、かつ、「絶対の善」であることも、共通しています。

もし、神が、唯一絶対で、絶対の善であるとすると、実は、これからくる必然として、どうしても、必要な、ある要素が、発生して来るのです。

その必要欠くべからざる、一神教の要素とは何か?

もうお分かりですね、「絶対の善」が存在すれば、それに、対応する形での、「絶対の悪」の存在が、必要となるのです。

聖書で言えば、エホバ神と、悪魔サタンです。








つまり、一神教を信ずることで、身につく考え方が、あると言うことです

それは、絶対の善をすえることにより、絶対の悪を置かなければならなくなるという必然です。なぜなら、そうしなければ、世の中の出来事を説明できなくなるからです。

もし、神が絶対の善であるならば、どうして、世の中には、戦争や、殺人や、犯罪のような、悪が存在するのかを、説明できなくなるからです。

そのためにも、神と善の対立項としての、悪魔と、悪が、必要とされるわけです。いわば、必要悪??と言うわけなのです。


つまり、結論は、その宗教の種類によらず、一神教なるものの根底には、一つの考え方、言うなれば、2元対立の思想なるものが、規定されることになるのです。 ゆえに、

西洋的なものの考え方の根本には、この2つのもの(2項)が、対立する
「2元対立の思想」が、流れていると言えるのです。

そして、これこそが、西洋の文化の真髄、
「2元対立の思想」
なのです。

この視点から、西洋文化を眺めるとき、多くの事象が、合点のいくものと為ってきます。例えば、先にあげた、パレスチナの問題。なぜ、この解決が、かくも遅れ難しいのか?そうです。どちらも、一神教同士の戦いだからと観れば、非常に分かりやすいはずです。ご存知のように、ユダヤ教とイスラム教、そして、キリスト教は、ともに、同じ神を崇拝しています。
いわば、宗教の違いというよりも、むしろ、宗派争いのようなものなのです。そして、そのどれもが、自分たちこそが、本当の神の教えであるといって譲らないでいるのです。一神教であるがゆえに働く力学は、自分を善とすると、他はすべて、悪となってしまいます。
この解決のためには、どちらかが、どちらかを殲滅するまで、解決したことには、ならない理屈となるのです。しかも、これが、兄弟争いの様なものであるがゆえに、返って始末に終えないと言うわけなのです。

ですから、かくも、熾烈で、残忍な流血が繰り返されるのです。

そして、この2元対立の思想は、必ず、争いを生みます。

9.11事件以降、われわれが、目の当たりにしている現実は、いわば、この西洋的な「2元対立の思想」の悪しき連鎖に入ったと考えるならば、非常に分かりやすい現象であると読み解くことが可能なのです。

では、次回は、振り返って、私たち日本人の属する東洋的な考え方の源流を探ってみることにしましょう!    次へ

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