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日本文化を見直す
-Japanese Culture as a Solution-



第1章

東洋と西洋

思考は、しばしば言語に制約されるといいます。
文化が、人間の思考の賜物であるとするならば、
文化もまた、その固有の言語の賜物であるといえます。

第1章では、まず、日本語と英語の根源的な違いから、東洋と西洋の根源的な相違を探っていくことにします。




§2 主語のなぞ

英語の文章は、なぜ、「主語」「動詞」ではじめるのか?

その答えは、因果関係の明示、つまりは、分かりやすいということにありました。

だれが、何をしたかを、常に明らかにして、発話することを、義務付けている言語であるというわけです。

つまり、英語の「主語」「動詞」は、誰が何をしたかを、はっきり誰にでも分かるように提示し、原因と結果を明示する、

最小のロジック(Logic)だったというわけなのです。

ロジカルに話すとは、決して難しいことではなく、むしろ、誰にでも誤解のないように話すことを意味しているのです。ちょうど、1+1=2というこれも因果関係を表す数式としてのロジックですが、このロジックは、世界共通であり、誰も誤解しようのないものです。そもそも、ロジックとは、共通理解を求める、西洋人の発明とでも言えるものなのです。

このような、S・主語/V・動詞の形で、明示しておけば、誰が、聞いても、また、誰が、読んだ際でも、誤解なく、また、行為の責任者も、明らかであるわけです。


しかし、今度は、なぜ、主語・動詞を明示することが、英語という言語では、必要とされるのでしょうか?


これには、歴史が関係していると言われています。


英語の発祥の地、イギリスでは、過去、凄惨な戦いが、幾たびも繰り返されてきました。もともとは、ケルト人の国であった、ブリテン島は、まず、ローマ帝国のハドリアヌスによって、占領下におかれます。首都ロンドンの地名も、支配者である、ローマ人によって、名づけられたといわれています。
また、ローマ末期には、ゲルマン民族の移動により、アングロ・サクソン族によって、現在のイギリス人の原形が形作られます。
この間も、歴史上、たびたび、北方の民・バイキングの侵略を受け、ある時期には、征服され、王朝が、設立されます。

また、11世紀には、今度は、フランスの植民地となり、その後200年間フランスの貴族によって、イギリスは、支配をうけることとなります。





国外だけではありません。

国内でも、血みどろの内戦を今日に至るまで繰り返しています。
イングランドによる、スコットランドや、ウェールズアイルランドへの支配は苛烈を極め、いまだに、アイルランドでは、IRAによる、テロが繰り返されています。このあたりの事情は、アカデミー賞受賞作品でもある、メル・ギブソンの「ブレイブ・ハート」が、分かりやすいと思われます。

この様に、内外問わず、争いの耐えなかった歴史の中で、育まれた英語という言語は、おのずのその構造を、変化させていったと思われます。いわば、明日をも知れぬ、過酷な戦乱の世にあって、頼りになるのは、自分だけ、しかも、契約を結んでも、だまされるかも知れない世界。
そうなると、書かれてある内容の正確さが、自然と要求されてくるはずです。でなければ、明日殺される目的語は、自分かも知れないからです。

誰が、誰(何)に対してどうするのか?を、常に明示する必要に迫られたはずです。ここにも、誰が読んでも、誤解の余地のない、言語表示が、必要とされる、ひとつの背景があったといえます。

主語、すなわち、責任の所在を明示することなしに、発話されることのない理由は、はっきりさせないと、いわば、命に関わるという歴史的背景があったということなのです。血みどろの歴史が、意思疎通の原動力となったともいえるかも知れません。主語に責任が伴うのです。

しかし、実は、このことを本当に理解するためには、さらにその背景にある事柄、すなわち、「宗教」にまで、その起源を探らねばならないのです。


次回は、東洋と西洋 §2−1 主語のなぞ
             −宗教の意味するもの−  です。
  



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